いよいよこれから敵の着弾距離になる道路を突破し、龍陵へ進撃するという戦闘部隊について、仮繃帯所(カリホウタイショ)(※1)を開所し、併せて診水も行うことになった。
昭和十九年九月?日、まず攻撃は歩兵第四連隊の主力を待って、通称小松山の奪還作戦から始められた。そこは、ビルマ公路を見下ろす位置で、敵の陣地を構築されていた。本体は、衛生材料を自動車に積んで先行し、我々騎馬部隊は、ノロノロと進んだ。中にはビルマで徴発した赤牛もかなりいて、文字通り牛の歩みだ。雨は降りしきり、暗くもなってきた。それでなくとも心が減りこみそうな、およそ戦闘意欲などは皆無になっているときに、ドロドロンという遠雷のような砲声が次第に近くに聞こえるようになり、パンパンという小銃の音や、カタカタカタと枝を叩く様な機銃の音も、山の中腹辺りから聞こえてきた。誰も口を利くのも億劫な風だったが、ぽつんと一声、
「あれは味方の砲声だろう。」
と言った。おそらく言った本人もそうと信じたわけではなく、そうあってほしいという希望に過ぎなかったのだろうが、その一言で何となくホッとした様なざわめきが隊列を流れ去った。ところが数分も経たないうちにそれは完全に裏切られた。すぐ前の山の、向こう側から撃ってくる敵の山砲弾らしいのが、我々の進路の上に確実に落下し始めたのだ。この道路は山の斜面を縫って走る一本道だったのだ。山の向こうでドーンという鈍い発射音が聞こえると、間髪を入れずビューンという不気味な音を伴った弾丸が飛来し、路上で炸裂してピカッと光った。次の瞬間ガーンと耳をつんざく様な爆発音だ。これが十秒間隔くらいで規則正しく繰り返された。ほかに迂回路は無く、退くことは到底許されないので、一発落ちた直後に一人づつ、その危険区域を通過するのだ。前の一人が馬とともに走って山の向こう側へ消える途端にガーンと一発来る。
「それッ」
と、ばかりに馬の口を取って一散に走り出す。まるで呼吸も止まるような緊迫感だ。どうやら山の向こうへ廻ったと思う頃、すぐにガーンと来た。
「やれやれ助かった。」
という感じはまたなんともいえない快味である。こうして全員どうやら第一の難関は突破した。こうした山また山を縫って蛇行するビルマ公路を進んだが、雨はますます降りつのり、西も東も分からず、先行の本隊とも連絡がつかなくなり、山を切り通した道路脇にひとまず馬を繋いで夜明けを待つことになった。
※1:戦場で負傷者に応急手当を施す所で、戦線の間近な後方に設けるもの。