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	<title>大東亜戦争従軍記 へのコメント</title>
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	<description>東南アジアを転戦した祖父の私的な従軍記です。</description>
	<pubDate>Fri, 10 Sep 2010 02:09:10 +0000</pubDate>
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		<title>廣瀬　琇一 より 終わりに へのコメント</title>
		<link>http://war.komagata.org/?p=63#comment-175</link>
		<dc:creator>廣瀬　琇一</dc:creator>
		<pubDate>Wed, 08 Sep 2010 03:03:36 +0000</pubDate>
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		<description>大急ぎで読ませてもらいました。ありがとうございます。
小生の父がご祖父様と同じように応召従軍しジャワ島上陸の後バンドンの兵器廠にいたようなのですが、何も記録がのこっていません。
１９４７年に復員するまで、オランダ軍の捕虜だった様なのですがこれも１枚の英文の感謝状メモがあるだけです。
父の記録を探しており参考になりました。</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>大急ぎで読ませてもらいました。ありがとうございます。<br />
							小生の父がご祖父様と同じように応召従軍しジャワ島上陸の後バンドンの兵器廠にいたようなのですが、何も記録がのこっていません。<br />
							１９４７年に復員するまで、オランダ軍の捕虜だった様なのですがこれも１枚の英文の感謝状メモがあるだけです。<br />
							父の記録を探しており参考になりました。</p>
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	<item>
		<title>ただ　まさとく より 雲南作戦（六） へのコメント</title>
		<link>http://war.komagata.org/?p=40#comment-151</link>
		<dc:creator>ただ　まさとく</dc:creator>
		<pubDate>Tue, 15 Jun 2010 16:11:04 +0000</pubDate>
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		<description>私の祖父は昭和19年9月に中国　雲南省　龍陵県　二山で戦士しました。
壮絶な戦場の様子は心に突き刺さる思いでしたが、少しでも状況を知りたいと思い「龍陵　二山」で検索したら、この戦記を見つけました。
ちょうど同じ時期に龍陵で戦われていたのかもしれません．．．
貴重なお話　ありがとうございました。</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>私の祖父は昭和19年9月に中国　雲南省　龍陵県　二山で戦士しました。<br />
							壮絶な戦場の様子は心に突き刺さる思いでしたが、少しでも状況を知りたいと思い「龍陵　二山」で検索したら、この戦記を見つけました。<br />
							ちょうど同じ時期に龍陵で戦われていたのかもしれません．．．<br />
							貴重なお話　ありがとうございました。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>REP より 終わりに へのコメント</title>
		<link>http://war.komagata.org/?p=63#comment-137</link>
		<dc:creator>REP</dc:creator>
		<pubDate>Fri, 02 Apr 2010 11:28:31 +0000</pubDate>
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		<description>現在カンボジアに住んでおり、ここでの日本軍や大戦時のことを調べていてこのブログに辿り着きました。

文体が大変読み易かったのですが、自分の資料と照らし合わせながら読み進んでいたので、数日に別け、行きつ、戻りつしながら読破致しました。

ベトナムの状況や、プノンペンでの事などは大変興味深く、またご帰国後のくだりでは、感情移入してしまいました。

ありがとうございました。</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>現在カンボジアに住んでおり、ここでの日本軍や大戦時のことを調べていてこのブログに辿り着きました。</p>
							<p>文体が大変読み易かったのですが、自分の資料と照らし合わせながら読み進んでいたので、数日に別け、行きつ、戻りつしながら読破致しました。</p>
							<p>ベトナムの状況や、プノンペンでの事などは大変興味深く、またご帰国後のくだりでは、感情移入してしまいました。</p>
							<p>ありがとうございました。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>萩原 より 初めに へのコメント</title>
		<link>http://war.komagata.org/?p=4#comment-122</link>
		<dc:creator>萩原</dc:creator>
		<pubDate>Wed, 10 Feb 2010 07:30:29 +0000</pubDate>
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		<description>大東亜戦争に興味があり偶然みつけました。
大変貴重な資料ありがとうございます。
私は生まれも育ちも八王子で、祖父に育てられました。
（祖父は満州です）
昭和10年当時の八王子警察署の写真をみつけました。
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/9/hachioji/gaiyo/gaiyo.htm</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>大東亜戦争に興味があり偶然みつけました。<br />
							大変貴重な資料ありがとうございます。<br />
							私は生まれも育ちも八王子で、祖父に育てられました。<br />
							（祖父は満州です）<br />
							昭和10年当時の八王子警察署の写真をみつけました。<br />
							<a href="http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/9/hachioji/gaiyo/gaiyo.htm" onclick="javascript:pageTracker._trackPageview('/outbound/comment/www.keishicho.metro.tokyo.jp');" rel="nofollow">http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/9/hachioji/gaiyo/gaiyo.htm</a></p>
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	</item>
	<item>
		<title>西中 より 終わりに へのコメント</title>
		<link>http://war.komagata.org/?p=63#comment-110</link>
		<dc:creator>西中</dc:creator>
		<pubDate>Tue, 15 Dec 2009 23:24:44 +0000</pubDate>
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		<description>読ませていただきました。
とても詳しく、とても読みやすかったので一気に読んでしまいました。

今のこの平和な日本からはではとても考えられません。
やはり戦争は嫌ですね。

本当に感動しました。
ありがとうございました。</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>読ませていただきました。<br />
							とても詳しく、とても読みやすかったので一気に読んでしまいました。</p>
							<p>今のこの平和な日本からはではとても考えられません。<br />
							やはり戦争は嫌ですね。</p>
							<p>本当に感動しました。<br />
							ありがとうございました。</p>
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	</item>
	<item>
		<title>じゅん より 終わりに へのコメント</title>
		<link>http://war.komagata.org/?p=63#comment-102</link>
		<dc:creator>じゅん</dc:creator>
		<pubDate>Mon, 23 Nov 2009 10:39:29 +0000</pubDate>
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		<description>友人の変わった名字の由来の検索をしているときに、偶然迷い込みました。
とても興味をひかれ、一気に読破してしまいました。

生前に祖父から、凄惨な戦争の現場の話を聞いていたのですが
それとは別の、ものすごく素直な身近に感じる手記で、
こんな戦争の一面もあったのだと驚きました。

とても貴重な資料であり、当時を想像し感動しました。
読むことができたことに深く感謝します。</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>友人の変わった名字の由来の検索をしているときに、偶然迷い込みました。<br />
							とても興味をひかれ、一気に読破してしまいました。</p>
							<p>生前に祖父から、凄惨な戦争の現場の話を聞いていたのですが<br />
							それとは別の、ものすごく素直な身近に感じる手記で、<br />
							こんな戦争の一面もあったのだと驚きました。</p>
							<p>とても貴重な資料であり、当時を想像し感動しました。<br />
							読むことができたことに深く感謝します。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>小林　芳人 より このページについて へのコメント</title>
		<link>http://war.komagata.org/?page_id=2#comment-77</link>
		<dc:creator>小林　芳人</dc:creator>
		<pubDate>Sun, 23 Aug 2009 00:50:08 +0000</pubDate>
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		<description>私はすでに退官した陸上自衛官です。大変興味深く拝読いたしました。現役時代はそれこそ本文に書かれてあったことの繰り返しのような毎日でした。大東亜戦争特にビルマ方面に転戦された方々の手記をいくつか拝読いたしましたが、補給の無い中での、制空権の無い中での戦いは困難を極めたことが読み取れました。おじい様もさぞや悔しい思いをされたのではないでしょうか。現在の防衛装備をかつての帝国陸軍が保有していたらどれほど有利だったでしょうか。科学することを忘れると招集された隊員が血を持って補わなければならないということが如実に理解できるものでした。貴重な資料をありがとうございました。</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>私はすでに退官した陸上自衛官です。大変興味深く拝読いたしました。現役時代はそれこそ本文に書かれてあったことの繰り返しのような毎日でした。大東亜戦争特にビルマ方面に転戦された方々の手記をいくつか拝読いたしましたが、補給の無い中での、制空権の無い中での戦いは困難を極めたことが読み取れました。おじい様もさぞや悔しい思いをされたのではないでしょうか。現在の防衛装備をかつての帝国陸軍が保有していたらどれほど有利だったでしょうか。科学することを忘れると招集された隊員が血を持って補わなければならないということが如実に理解できるものでした。貴重な資料をありがとうございました。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>青木　忠 より 帰国葛城丸乗船（六） へのコメント</title>
		<link>http://war.komagata.org/?p=62#comment-74</link>
		<dc:creator>青木　忠</dc:creator>
		<pubDate>Sat, 15 Aug 2009 03:09:00 +0000</pubDate>
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		<description>最後の復員部分のみ読みました.大変ご苦労様でした。でも貴方は実に幸運なお方ですね。北朝鮮のピョンヤンから戦後引揚げられた井上靖さんですら、復員の状況はいいたくないといっておられました。戦地でおおくの戦友の最後の姿をみたり、部下の多くを失ったひとからみると60年以上今生きていることそのものに問題視されている方が多くいらっしゃいます。ただ、戦中や戦後の苦しさを語るひとがどんどん少なくなってきている現状では、客観的な戦中、戦後（戦争の後始末の時）をかたったり記録に残す事の貴重さを痛感します　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　私も同様にあの恐ろしい戦争の惨禍からまぬがれたものです。多くのかたが悲惨な目にあっているののにこんあことを書いてよいのか自分にも矢がささるのですが、この戦争は、日本があと、１月終戦が遅れたら壊滅てきになっていたように思われます。　　　　　　　航空母艦で復員なさったと聞き、よくその船がのこっていましたね。復員のための食料や補給物資の調達や船の燃料費など苦しい日本の」経済状況の中で大変だったと思います。焼け野原の中を走る列車の姿などよくえがれていまあす。駅や輸送列車がチャント動いたことに感動します。日本中が戦後の沖縄みたいだったらどうでしょう。復員など想像もつきません。北海道や東北が共産党のソ連に関東以南がアメリカに占領され朝鮮と同様に日本人同士がいがみ合うような事態は考えても恐ろしいことです。疎開の村や町まで破壊されたらどうしてたちなおられるのでしょうか。そんな事を思い、本当に危ないことを日本がしてしまったことを痛感しています。</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>最後の復員部分のみ読みました.大変ご苦労様でした。でも貴方は実に幸運なお方ですね。北朝鮮のピョンヤンから戦後引揚げられた井上靖さんですら、復員の状況はいいたくないといっておられました。戦地でおおくの戦友の最後の姿をみたり、部下の多くを失ったひとからみると60年以上今生きていることそのものに問題視されている方が多くいらっしゃいます。ただ、戦中や戦後の苦しさを語るひとがどんどん少なくなってきている現状では、客観的な戦中、戦後（戦争の後始末の時）をかたったり記録に残す事の貴重さを痛感します　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　私も同様にあの恐ろしい戦争の惨禍からまぬがれたものです。多くのかたが悲惨な目にあっているののにこんあことを書いてよいのか自分にも矢がささるのですが、この戦争は、日本があと、１月終戦が遅れたら壊滅てきになっていたように思われます。　　　　　　　航空母艦で復員なさったと聞き、よくその船がのこっていましたね。復員のための食料や補給物資の調達や船の燃料費など苦しい日本の」経済状況の中で大変だったと思います。焼け野原の中を走る列車の姿などよくえがれていまあす。駅や輸送列車がチャント動いたことに感動します。日本中が戦後の沖縄みたいだったらどうでしょう。復員など想像もつきません。北海道や東北が共産党のソ連に関東以南がアメリカに占領され朝鮮と同様に日本人同士がいがみ合うような事態は考えても恐ろしいことです。疎開の村や町まで破壊されたらどうしてたちなおられるのでしょうか。そんな事を思い、本当に危ないことを日本がしてしまったことを痛感しています。</p>
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	<item>
		<title>anan より 終わりに へのコメント</title>
		<link>http://war.komagata.org/?p=63#comment-20</link>
		<dc:creator>anan</dc:creator>
		<pubDate>Fri, 17 Oct 2008 09:25:02 +0000</pubDate>
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		<description>ビルマに従軍していた父の足取りを知りたく検索していて、
このブログに行きつきました。

庶民が戦争に巻き込まれる経緯、すなわちあなた様が
お書きになったように、「戦争が日常の延長にある。」
ことがよく分かります。

淡々とした語り口が、よりいっそう戦争の悲惨さ、不条理を
気付かせてくれます。とても上等な読み物で、一気に読みました。

父は昭和18年に召集され、昭和23年に戻りました。
昭和58年に68歳で亡くなりましたが、生前従軍中のことは話さず、
ただ「どんなことがあっても、戦争はいけない。」と繰り返していました。

理由は語りませんでしたが、恩給は請求しませんでした。
「そんなものでだまされないぞ」という気持ちだったのかも知れません。

今ミャンマーは政情不安ですが、落ち着いたら、父の行った場所を
訪れてみたいと思っています。

貴重な手記の公開ありがとうございました。</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>ビルマに従軍していた父の足取りを知りたく検索していて、<br />
							このブログに行きつきました。</p>
							<p>庶民が戦争に巻き込まれる経緯、すなわちあなた様が<br />
							お書きになったように、「戦争が日常の延長にある。」<br />
							ことがよく分かります。</p>
							<p>淡々とした語り口が、よりいっそう戦争の悲惨さ、不条理を<br />
							気付かせてくれます。とても上等な読み物で、一気に読みました。</p>
							<p>父は昭和18年に召集され、昭和23年に戻りました。<br />
							昭和58年に68歳で亡くなりましたが、生前従軍中のことは話さず、<br />
							ただ「どんなことがあっても、戦争はいけない。」と繰り返していました。</p>
							<p>理由は語りませんでしたが、恩給は請求しませんでした。<br />
							「そんなものでだまされないぞ」という気持ちだったのかも知れません。</p>
							<p>今ミャンマーは政情不安ですが、落ち着いたら、父の行った場所を<br />
							訪れてみたいと思っています。</p>
							<p>貴重な手記の公開ありがとうございました。</p>
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	<item>
		<title>proteus より 終わりに へのコメント</title>
		<link>http://war.komagata.org/?p=63#comment-18</link>
		<dc:creator>proteus</dc:creator>
		<pubDate>Sun, 21 Sep 2008 22:01:15 +0000</pubDate>
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		<description>興味深い内容に引き込まれ、一気に読破してしまいました。
映画や小説では、特攻隊の描写など、戦時中の日本人は狂気の生き物として描かれていることが多いですが、こちらの手記を読んで、派遣先によって軍人のテンションは違うものだということがわかりました。
時には上司に反発し、ときには欲をむき出しにし、逃げるときは逃げる。今の我々とそう違わない、と。
でも、そのことが逆に、別世界の人間として描きすぎる映画なんかよりも、よほど身近なものに感じさせ、戦争の生々しさを強く印象付けることとなり、結果として非常に内容の濃い戦争文学になっているように思います。
最後に復員してきて平和をかみしめる辺りでは、あたかも自分が体験したかのような錯覚に陥り、深く深く共感いたしました。
すばらしい読み物をありがとうございました。</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>興味深い内容に引き込まれ、一気に読破してしまいました。<br />
							映画や小説では、特攻隊の描写など、戦時中の日本人は狂気の生き物として描かれていることが多いですが、こちらの手記を読んで、派遣先によって軍人のテンションは違うものだということがわかりました。<br />
							時には上司に反発し、ときには欲をむき出しにし、逃げるときは逃げる。今の我々とそう違わない、と。<br />
							でも、そのことが逆に、別世界の人間として描きすぎる映画なんかよりも、よほど身近なものに感じさせ、戦争の生々しさを強く印象付けることとなり、結果として非常に内容の濃い戦争文学になっているように思います。<br />
							最後に復員してきて平和をかみしめる辺りでは、あたかも自分が体験したかのような錯覚に陥り、深く深く共感いたしました。<br />
							すばらしい読み物をありがとうございました。</p>
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