ジャワ島上陸(一)

 いよいよ明朝、蘭印政府の拠点ジャワ島へ上陸するという日、船団は二つに分かれて右と左に別行動をとり始めた。われわれの乗船隆南丸は右のコースに加わり、ジャワ島とスマトラ島との間にあるメラク湾に向かった。

 やがて日は没し、月は無く、全くの暗夜の海を船団は粛々と進んだが、いつの間にかエンジンを停止し、漂流の形となった。もちろん辺りは真っ暗で、僚船の姿も見えないが、遥か水平線の彼方に黒々と陸地らしいものが見えてきた。敵地に侵入を開始したのだ。

 すると突然、その陸地の一端がカーッと赤く照らされ、山の稜線がはっきりと見えたかと思ったらすぐにその光は消えた。間もなくドドーンという遠雷のような轟が聞こえた。しばらくするとまた、赤い光が空を焦がして消えては遠雷の轟を起こし、これが段々と間をつめて頻繁に起こり出した。

 船上でこれを眺めていた高級船員の話では、左のコースを取った本隊が、ハンタム湾で敵と交戦をし始めたのだという。兵隊たちは、自分等に襲いかかるかもしれないあの戦闘の恐ろしさを未だ知らない者が多いので、まるで遠くの烽火でも見ているようにはしゃいでいた。

 しかし、こちらの船団でも着々と敵前上陸の機は熟しつつあった。漂流していると見えた船は、ごく僅かづつ忍び寄るように行動を続けていたらしく、すぐ目の前に敵地の山々が黒々と横たわっているのがはっきり見える位置まで来た。甲板では上陸用舟艇を降ろすクレーンの活動が始まり、我々にも上陸準備の命令が出た。三八式騎銃と実包三十発程が唯一の武器であったが、戦闘員としての支度は出来上がった。しかし、今から始まるであろう上陸作戦で、命を落とすかもしれないという緊迫感はどうしても湧かなかった。

 そうこうしているうちに、着々と上陸次第は近づき、まず第一歩兵隊を乗せた上陸用小発が一斉にスタートして敵地へ向かって全速前進、白い航跡を残して闇に吸い込まれていった。五分、十分、二十分。上陸地点での銃声を、今か今かと誰もが固唾を呑んで待っていたが、何の音沙汰も無い。やがて三十分以上も過ぎてから、舟艇隊が船腹に戻ってきて、船上の誰にともなく、

「いいところだぞ。敵は逃げてしまって一人も居ない。」

 と大声で怒鳴った。それを聞いて、やれやれ無血上陸かと思った途端、張り詰めていた気分が潮のように引いていき、船上は生まれ変わったようにざわめきだした。安心と同時に空腹を感じるものだが、あちこちで携帯用の飯盒を開けてがつがつ食い出す音がひとしきり続いた。

ジャワ島上陸(一)」への1件のフィードバック

  1. ふじた

    うちの祖父もジャワ島に兵として行ってました。
    もう亡くなってしまいましたが、生前戦争の話をすることは殆んどなかったです。
    一緒に戦っていたのだなぁと思うと胸が苦しいです。

    返信

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