ジャワ島上陸(六)

 こんな悠長な日を送っている後方部隊とは別に、前線では、敵を追ってバンドンへ、バンドンへと破竹の進撃を続けていた。名前は知らないが、かなり大きな河に架けられた橋が爆破されて通行できず、工兵隊の架橋の仕上がるのを待って、大部隊が川岸に集結した。この時、前方の敵砲兵陣地から、この架橋妨害の砲弾を打ち込んできて、若干の戦死者を出した。この時我々も橋に近い椰子林に待機していたが、ヒュル、ヒュルという不気味な砲弾のうなりに次いで、耳を圧するような爆発音を初めて聞き、みんな顔色を無くして、ただうろうろと立ち騒ぐだけだった。

 そのうちに工兵隊に負傷者が出て、担架で後送されて行くのを見ると、一層恐怖感を煽られた。しかし、この砲撃も間もなく、たった一機の友軍戦闘機の低空飛行による威嚇で、全く沈黙してしまった。ほどなく架橋が始められたが、この日はやむなく、我々は一時後退して宿営し、翌日この架橋を渡って、いよいよバンドン市内へ入ることになった。その前に、後方からの伝令で、敵が全軍降伏したことが知らされ、全線に渡って朗らかな笑いが起こった。

 それから先の行軍は、実に頼もしいものだった。中にはドラム缶の上乗りをしながら、トランプで博打を始める者さえあった。しかし、自動車を運転する者たちは大変な苦労だった。何しろ幹線道路の橋があっちこっちで爆破されているので、その都度山の中の泥道を迂回させられるのだから、一日の行程もいくらも進まなかった。

 また、運の悪い出来事もあった。ある捜索連帯の若い将校が道路の偵察に出て橋の下へ降りて行き、そこに運悪く隠れていた敵兵に狙撃されて戦死したことがあった。後には敵味方の死者は無数に見たが、その頃は敵のはともかく、味方の死体を見るのは初めてだったので、何ともいえぬ悲しみに襲われたものだ。

 敵が堅塁を誇っていたバンドン要塞も、その威力を十分に発揮することも出来ず、あっさり開城となってしまったので、我々は何の抵抗も受けず、堂々とバンドン市内に入ることが出来た。途中、自動車を手に入れたいというので、オランダ人らしい立派な家に行き、手を挙げて出てきた女たちに銃を突きつけて車庫の扉を開けさせたが、キャブレターは取り外してあったので、残念ながら動かすことが出来なかった。その次に、また土地の人の話で、自動車があるというので、本通路から大分外れた小部落内にある砂糖工場に行き、やっとボロトラックを一台手に入れたが、これを運転させられた村山一等兵の骨折りは大変なものだったらしい。

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