こんなことがあって、まったく無我夢中で退却し、どうやら山一つ隔てた安全地帯へ来た頃、夜はほのぼのと明けてきた。明るくなってみると、この公路は山々の間を縫うように蛇行しながら、延々と続き、遥か目の下まで白く見えていた。この道路を両面から狙い撃ちする位置に敵の陣地が無数にあるわけだ。これを歩兵部隊が一つ一つ潰して進んでいるわけだが、最も近い堅塁、小松山陣地はまだ戦闘中で、すぐ目の下によく見えた。
この付近の山は、日本内地の山のように、尾根続きの山脈をなしてるのではなく、一つ一つが独立して双子のように並んでいた。その中でひときわ高く、丸い頭をのぞかせているのが小松山で、頂上に砲座があり、その下を幾重にも鉄条網が張り巡らされている。その下に、友軍攻撃隊が取り付いているらしく、白い銃煙がパッパッと吹き出すのがよく見えた。また、手前の山にある友軍重砲陣地から打ち出す十五サンチ流弾が、山頂で炸裂し、ものすごい土煙を上げていた。一方的の砲兵陣地からは、麓に取り付いている友軍攻撃隊に砲撃が加えられ、これまた盛んに土煙を吹いている。
こうして高いところから見下ろしていると、演習を見ているような錯覚を起こすが、実際にはその一発毎に何人かの尊い人命が損なわれているのかもしれないのだ。それにこっちもいつまでもこの光景を見ているわけにはいかない。本当の安全地帯へ引き上げるには、さらに敵の射程にさらされた山の斜面を通過しなければならなかった。そこでまた一人ずつこの危険地帯を通ることになったが、今度は明るかったのでいっそう恐ろしさが増し、ともすると足がすくむような恐怖に襲われた。しかし、どうやら全員逃げおおせることが出来た。そして、丸一日何も食べなかった空腹を満たすために、携帯燃料で飯を炊き、缶詰をお菜として暖かい食事をしたが、その美味かった事、おそらく前従軍期間を通じて、最高の気分だった。だが、何としても眠る場所が無い、みんなうずくまったままうとうとしていた。