そうこうするうちに、いよいよ龍陵を放棄するということになったらしく、我部隊も、山ひとつ隔てた谷へ下がることになり、馬を引いて間道を下りてまた、そこで横穴生活を始めた。幸せなことに、食料だけは不自由しなかった。ひとまず安全地帯らしいところへ下ったという気の緩みからか、下痢を起こして寝込んでしまった。その代わり、龍陵からの荷役には行かずに済んだ。
ビルマ駐屯地バセインをたってから、一ヶ月も全然体を清めないので、ほとんどの兵が虱に悩まされ始めた。最初のへその辺りが妙にむずかゆいと感じたが、だんだんと全身にわたるようになり、シャツを脱いで、襟の辺りの縫い目を開いてみるとうじゃうじゃと小動物がいた。洗っても取れないが、石の上で叩き落すのが一番良い。幸いに、この谷にはきれいな小川が流れていたので、思う存分水浴することができたし、虱も何回か洗濯して叩き落すうちに退治されてしまった。
我々はこうして、やや安全地帯に下ってのんびりすることができたが、まだ龍陵周辺の山々には、傷ついて動けない兵士が無数に残っていると聞き、身の引き締まる思いがした。それにしても、将校どもが力水に入れる筈のウイスキーの頭をはねて、酒宴を開いているのを見るとむらむらとして、手榴弾を打ち込んでやりたいような憤りを感じた。日中もほとんど壕の中から一歩も出ず、地蔵様のように座ったきりで、上げ膳据え膳でいた部隊長が、大声で歌を歌ったりしているのを聞くと、思わずそんな気にとらわれるのであった。そんなていたらくであったのが、師団へ出される戦闘詳報には、常に陣頭に立っていたのだから、呆れ果ててしまう。なお笑止千万なことに、山の上に配置した小銃だけの対空監視班が、敵戦闘機を一機撃墜したことになっていた。その監視班にも加わったことがあったが、こっちで一発でも打つと、百発撃ち返されるから、撃つなと言われていた。したがって、木の下に隠れているのが精一杯だったのだが。