終日頭上を砲弾が飛び交い、「空を飛ぶのは敵機と決まっている。」と決めているとき、どうした風の吹き回しか、友軍の戦闘機が五機ほど飛んできて、龍陵の向こうにいる敵の陣地を銃撃したことがあった。このときばかりは翼の日の丸が目に滲むほど鮮やかに見え、みんなが狂気のように手を振れば、飛行機も友軍部隊を見て、翼を数回降って、南の空へ消えていった。敵の制空権下の戦場にやってきた残り少なの友軍機に対して、無事に基地まで帰ってくれと密かに祈った。これに勢いを得たのもつかの間のことだった。その後は味方機は一機も見えず、後方からの補給も細々、せっかく我々の前面に進出した野砲四門も、一発も撃たずに退却してしまう始末。また師団戦闘指令所もその日に敵の探知するところとなって、B二十五の大編隊で集中爆撃を受け、これまた退却の余儀なきに至った。そして、その後も敵戦闘機は、頭上を我もの顔に乱舞し小出町出身の野上兵長が、火を吹く自動車からキャブレターを外して、他の故障車に取り付けて脱出し、部隊長に褒められたこともあった。
戦闘は、日に増し苛烈となり、ふた山、み山を占領していた歩兵部隊も退却してくる始末となり、我々も仮縫帯所どころではなくなって、後方の山の陰に隠れてしまった。そんな悪状況の中でどこから紛れ込んできたのか、若い農婦が怯えて手を合わせてきたので、腹が減っているのだろうというので、飯を与えたが食べもしない。それを大原少尉などが見て、敵のスパイかもしれない、こんなところへ我々がいることが知れたら、また砲弾が飛んでくるから、捕まえておけといったので、誰だったか、形式的に縄で両手を縛ったが、あまり悲しそうでもなく、大人しくしているので、どうやらこれは戦争の大騒ぎで、頭がおかしくなったのだろうということになった。話してやったが、その女が背中に斜めに背負っていた風呂敷包みの中は、生きた赤ん坊だったのには驚いた。